100年ぶりに酒蔵が復活!東京港醸造が目指す夢とロマン

 商店街研究会では、冬の気配が色濃くなってきた11月17日(土)、港区田町センタービル「アピタ会」商店会の齊藤俊一会長を訪ね、自社(株式会社 若松屋)の新規事業として「酒類製造業を立ち上げた思い」について、現状と今後の方向性も含めてお話をお伺いしました。

1. 東京・芝の酒を復活させる

 齊藤俊一会長は、現在、アピタ会のほか、港区商店街連合会の副会長なども担う、区内商業者のリーダー的存在です。自社の主な事業として、雑貨小売と不動産賃貸を営んできましたが、平成23年7月に国税局より酒類製造免許を取得し、同年10月より酒類の製造販売を開始しました。もちろん、唐突に異業種へ参入したわけではなく、以前から抱き続けてきた「酒造りをしたい」との思いをようやく具現化したといえます。 若松屋の前身は、江戸時代末期の造り酒屋で、近隣にあった薩摩藩に芋焼酎などを納入する御用商人でした。藩士からの信頼も厚く、一説によると、江戸城を無血開城へと導いた西郷隆盛と、勝海舟の会談は、若松屋の奥座敷で行われたとも言われています。しかしながら、明治時代になると、日清、日露の戦費捻出のため、酒税の大幅な増税が断行され、そこに後継者問題が重なり、1812年から約100年間続いた造り酒屋を1911年には廃業するに至りました。 それから約100年を経て、7代目になる齊藤俊一会長は、造り酒屋復活への夢を実現したのです。そこには、事業機会と自社の強みを客観的に分析し、巧みに生かし、一歩一歩、経営資源(ヒト、モノ、カネ、情報)を充実させてきたことが要因として挙げられます。

2. 現状と今後の方向性

写真 現在、主軸商品として、どぶろく「江戸開城」、梅リキュール「江」の2種類を販売しています。卸、飲食店、自社店舗の3つのチャネルを活用して販売し、製造免許を維持するのに必要な生産量(12,000L)もクリアしています。ただ、製造原価と売渡価格(販売価格)の値差が薄いため、値崩れのない定価販売を実現できる自社店舗での販売強化に取り組んでいます。また、寒造りが主流である大手日本酒メーカーとは一線を画し、四季醸造(通年醸造)を採用することにより、過剰な製品在庫を廃する工夫もしています。 今後は、雑貨や土地、建物などの有形資産から無形資産(のれん、信用、ブランド)重視へと経営の舵を切ることを目指しています。もともと、造り酒屋であった若松屋としてのアイデンティティを思い出し、次世代へと事業継承を行うことが重要だとおっしゃっていました。 多様化する小売業や、地方商店街の衰退をみてきた齊藤俊一会長だからこそ、個性や、ストーリー性などの大切さを理解しているのです。復活なった「芝の酒」。次の100年が今から楽しみです。

中央支部 松原 憲之